トヨタと日産のコストカットへの取り組みの違いを、循環する生態系論で論じると
トヨタと日産のコストカットへの取り組みの違いを、循環する生態系論で論じると
トヨタと日産のコストカットへの取り組みの違いを、「循環する生態系論」という視点から論じると、両社のアプローチの根底にある思想や、それが組織全体の持続可能性に与える影響の違いが浮き彫りになります。
日産のコストカット(主にゴーン改革時代):「緊急手術」と循環への影響
目的と背景: 1990年代末、日産は巨額の有利子負債を抱え、倒産の危機に瀕していました。ゴーン氏主導の「リバイバルプラン」におけるコストカットは、まず出血を止め、企業を生存させるための緊急手術としての性格が非常に強いものでした。短期的な財務指標(利益率改善、負債削減)の劇的な回復が最優先課題でした。
手法: トップダウンの強力なリーダーシップのもと、工場閉鎖や人員削減、系列サプライヤー網の解体による部品調達コストの大幅削減(バイイングパワーの行使)、プラットフォーム統合による開発コスト削減などが、急速かつ大規模に断行されました。
「生態系」への影響と循環:
プラス面(短期的な循環の再開): 財務的な健全性を取り戻し、倒産危機を回避しました。これにより、一時的にキャッシュフローが改善し、企業活動を継続し、新たな投資を行うための最低限の基盤(循環の起点)を確保しました。
マイナス面(長期的な循環の歪み・滞留の可能性):
サプライヤーとの関係: 系列解体によるコスト削減は効果的でしたが、サプライヤーとの長期的な信頼関係や、共同での技術開発・価値創造といった**生態系の重要な循環(価値・ノウハウの共有)**を損なった可能性があります。サプライヤー側の疲弊は、長期的に見て日産自身の競争力にも影響を与えかねません。
従業員・組織文化: 急激なリストラや成果主義は、従業員の士気や帰属意識に影響を与え、組織内に軋轢を生んだ可能性があります。知識や経験、あるいは組織への信頼といった内部の循環が滞ったり、歪んだりしたかもしれません。
将来への投資: 短期的なコスト至上主義が、長期的なブランド価値向上、基礎研究、人材育成といった、生態系の未来を育むための資源循環を十分に考慮していたか、という点は議論が残ります。成果が短期的な利益指標に偏って滞留した可能性があります。
トヨタのコストカット(カイゼン・原価低減):「継続的な体質改善」と健全な循環
目的と背景: トヨタのコストカット(原価低減)は、危機対応として行われる場合もありますが、基本的にはトヨタ生産方式(TPS)に根差した、日常的かつ継続的な体質改善活動です。目的は、単なる経費削減ではなく、徹底的な「ムダ」の排除による品質向上、生産性向上、そして長期的な競争力強化にあります。
手法:
現場の従業員が主体となった「カイゼン」活動を通じて、日々の業務プロセスの中からムダを発見し、改善を積み重ねます。
サプライヤーをコスト削減の対象として一方的に圧力をかけるのではなく、長期的なパートナーとして捉え、共に知恵を出し合い、品質向上や原価低減に取り組む(ティアダウン活動など)ことを重視します。
TNGA(Toyota New Global Architecture)のように、設計段階から部品共通化などを進め、開発・生産・調達といったバリューチェーン全体での効率化を図ります。
大規模なリストラは極力避け、雇用維持を重視する傾向があります。
「生態系」への影響と循環:
組織能力の向上: 日常的なカイゼンは、コスト削減と同時に、従業員のスキルアップ、問題解決能力の向上、品質意識の浸透に繋がり、組織全体の学習能力を高めます(知識・スキルの循環)。
サプライヤーとの共存共栄: サプライヤーとの協力関係を通じて、品質、コスト、納期(QCD)全体のレベルアップを図り、サプライチェーン**生態系全体の競争力(価値・信頼の循環)**を高めます。
従業員のエンゲージメント: 雇用への配慮や現場尊重の姿勢は、従業員のモチベーションや会社への貢献意欲を高め、組織文化の安定に寄与します(信頼・意欲の循環)。
全体最適と持続可能性: バリューチェーン全体での効率化や、長期的な視点での原価低減は、短期的な利益だけでなく、持続可能な成長を目指す生態系の健全な循環に貢献します。
結論:
日産のコストカットは、瀕死の生態系を救うための強力な「外科手術」であり、短期的な延命には成功しましたが、その過程で生態系の他の要素(サプライヤー関係、組織文化など)に負担をかけ、長期的な循環に課題を残した可能性があります。一方、トヨタのコストカット(原価低減)は、生態系全体の健全性を維持・向上させるための「漢方薬」のような継続的な体質改善活動であり、様々な要素間の健全な循環を促しながら、長期的な競争力と持続可能性を高めることを目指していると言えます。
コストカットという手段は同じでも、その根底にある哲学、目的、そして「循環する生態系」という全体論的な視点の有無が、組織の未来に大きな違いをもたらすことを示唆しています。
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