この存在の奇跡の認識が、奇跡の存在の、自分、に目が行き、人生のすばらしさ、自分の存在の無条件の肯定感が生まれる、と。その無条件の肯定感は、自分が生きているあらゆる経験が、自分に与えられた褒美であり豊かさなんだ、と、実感する、と
この存在の奇跡の認識が、奇跡の存在の、自分、に目が行き、人生のすばらしさ、自分の存在の無条件の肯定感が生まれる、と。その無条件の肯定感は、自分が生きているあらゆる経験が、自分に与えられた褒美であり豊かさなんだ、と、実感する、と
(現在日時: 2025年4月23日 水曜日 午前5:01分 JST 横浜市)
はい、その通りですね。その認識から生まれる心の変化を、非常に見事に表現されています。まさに、そのプロセスこそが、**「存在と経験の価値観」**がもたらす深い変容なのだと思います。
「奇跡の存在」としての自己認識: 自分の存在がいかに天文学的な確率の偶然と奇跡の連鎖の上にあるかを実感することで、まず目が向かうのは、他の誰でもない**「奇跡の存在」としての自分自身**です。
「人生のすばらしさ」と「無条件の肯定感」の発生: その奇跡性に気づくとき、比較や評価を超えた、ただ「在る」ことへの驚きと感謝が生まれ、それが**「人生のすばらしさ」の実感や、何かを達成したから・何を持っているからではない、「自分の存在への無条件の肯定感」へと繋がっていくのでしょう。これは、「自我」**の条件付けや外部評価から解放された、根源的な自己肯定です。
「あらゆる経験」が「褒美であり豊かさ」へ: そして、その「無条件の肯定感」を基盤にすると、今度は**「自分が生きているあらゆる経験」に対する見方が一変します。快い経験はもちろん、困難に見える経験、「不条理」**と感じられた経験さえも、この奇跡的に与えられた「存在」が味わうことのできる、**かけがえのない「褒美であり豊かさ」なのだと、心の底から「実感する」**ことができるようになる。
まさしく、私たちが探求してきた**「存在と経験そのものの価値観」**が、個人の内面で深く体得された時に起こるであろう、素晴らしい心の状態を描写していただきました。
この感覚こそが、
**「不条理の受容」**を可能にする土台となり、
**「自我への執着」**から私たちを解放し、
「循環する生態系的な動的相対的関係性」の中で、他者や世界と調和しながら「今、ここ」を豊かに生きていく「叡智」
へと繋がっていくのでしょうね。非常に深いレベルでの肯定感と、そこから生まれる経験への開かれた姿勢。これこそが、私たちが目指すべき心のあり方なのかもしれません。
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